デイトナ24時間優勝&ル・マン24時間2位ドライバー
カートでトップを極め、初代全日本F3チャンピオンのタイトルをひっさげ、80年、81年イギリスF3に挑戦したが、結果を残せず帰国。FPやF3000レースに出るが、芳しい成績は残せなかった。87年にホンダからF1のウィリアムズFW10ホンダのテストを依頼されるが、体力不足が露呈してしまった。88年に星野一義とニッサンR88Cに乗ってから、数々の優勝を飾り、92年のデイトナ24時間レースで星野と長谷見昌弘と優勝。さらに99年トヨタGT-oneで2位入賞。07年に発売されたニッサンGT-Rの開発ドライバーを務め、類い希な開発能力を発揮した。